不登校について思うこと…
「ママがいい!」が時を経て「学校に行きたくない」に転じる。
誤解を恐れずにいうと、
それは手間と時間をかけていないとか、
愛情が足りないとかそういう単純な話ではなく、
こどもが見つめてくる目をジッと見つめ返してみとめる(「みて」「とめる」)ことが、社会のシステム的にも人的にも困難になり、限界を迎えているということ。
クラスに1人以上の不登校がいるという現状は、まだ「対岸の火事」かもしれない。限界とは感じない。
2023年度の小学校不登校率は1.7%、
中学校は5.9%
潜在的不登校を加えるとこの数字も大きく変わる。
学びの場が「学校」でなくても良いとか、
ひとりひとりの学びの場があるとか、
学校はひとつでなくてもいいとか、
今は一見色々あるように見えるけれど、
「こどもが見つめてくる目をただジッと見つめて返す」あるいは「感じている」ことが抜けたままではいけない。
感じることはみとめることにつながり、
みとめることは傾聴につながる。
五感を働かせ、わが子を感じる。ほんの少しでも。
そういう意図を持って、この学び舎では、冬休みの宿題「わが子レポート」を保護者が提出する。その瞬間は100%、その子のことだけを考えて言葉をつむぐ。そういう姿勢がチリとなってやがて山になる。
山は、時々思いもよらぬところからギフトをくれる。
それが人と人との血の通った関係なのだろう。
多数派も少数派もないのだ!
#雨ふり
#畑の日休校
#多数派も少数派もない
#それでも
#学びの場と学ぶ内容を選ぶ
#出口は個人事業主
#犬山市民立
#学び舎このゆびとまれ
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